とある法務部員の備忘録

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司法試験に失敗した後のキャリア論 (1) -不合格のあとの心構え-

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司法試験_失敗_キャリア

(2016年3月28日公開)

 

 よくネット上の相談質問板などで「司法試験で三振してしまったんですが、この先どうしたら良いでしょうか?」という書き込みを見かけます。辛辣な回答を寄せている方もいらっしゃいますが、同じく司法試験に落ちた境遇にある僕から言わせると、

 

たかだか資格試験の1つに受からなかったぐらいで悲観的になり過ぎです。

 

 もちろん将来に対して強い不安を感じるのは凄く共感できます。そりゃ焦燥感を感じますし、司法試験に合格した友人を羨ましく思ったり、社会でバリバリ活躍している同世代の人と比べると、自分がちっぽけに思えたり、気分が落ち込みますよね。分かる分かる。

 今回は、そういった司法試験に失敗した人(あるいは、同じような国家資格試験に失敗した人)に対し、これからのキャリアについて、「ちょっと一回落ち着いて、視点を変えてみましょうよ」という提案をしたいと思います。

 

 

司法試験失敗を武器だと思おう。

 第一に、「司法試験に挑戦したものの、失敗してしまった」という経験を「武器」と思うことが肝要です。「どこが武器なんだよww」とか言われそうですが、これにはそれなりの根拠があります。

 

 まず、これから先何をしても、「司法試験に失敗したものの」という前置きが付きます。例えば、「司法試験に失敗したものの、営業成績トップの営業マンになった」「司法試験に失敗したものの、業界ではその名を知らぬ者はいない一流の法務パーソンになった」という具合に。なんというか、普通の社会人より、ドラマがあると思いませんか?

 司法試験に挑戦すること自体が、凄いチャレンジですし、誰しもが出来ることではありません。一般的な感覚ですと、「司法試験合格を目指すことはリスクが高い」と考えますし、リスクを承知のうえで、敢えてそこに挑戦したチャレンジスピリットは誇って良いものです。

 そして、挑戦があったからこそ失敗があったのです。だから、僕は、「司法試験に失敗した」という経験は、他の人には簡単に真似できない物凄い経験だと思っています。それを「武器」と思わずしてなんと思うのか。

 

 また、司法試験に挑戦するにあたり、たくさんの苦悩を経験し、多くの苦渋を飲んできたと思います。司法試験の辛さは、司法試験に挑戦した人にしか分かりませんし、普通に暮らしている限り、他の人には経験できないものです。間違いなく「財産」ですよ。何よりもまずそこに気づきましょう。

 

 これから先のキャリアを考えるにあたり、司法試験に失敗した過去を「負の遺産」と捉えるのではなく、「将来に向けてのアドバンテージ」と捉えることが、新たなキャリアを歩み出すにあたっての最初の第一歩です。

 

人生なんとでもなる。

 司法試験に挑戦したものの、三振してしまい、自殺してしまった…という悲しい話も聞きます。あくまで想像でしかありませんが、自ら命を絶ってしまった方たちは、「司法試験に合格できない自分に価値はない」「司法試験に合格することが全て」と思っていたのではないでしょうか。

 気持として全く分からないというわけでもないですが、

 

んなわけねーから。

 

 引き合いに出してしまい申し訳ありませんが、司法試験に合格したところで、就職できず、一般サラリーマンより年収が低いという弁護士さんもいらっしゃいます。お金だけの問題ではありませんけど、司法試験に合格したからといって、必ずしも輝かしい未来が待っているとは限りません。

 僕の知り合いにも、司法試験に合格し、弁護士登録をして、法律事務所に勤めたものの、依頼者や事務所内の人間との関係性を上手く構築できず、精神的にも参ってしまって、最終的に弁護士を辞めたという人もいます。そのように、司法試験に受かってしまったがために、少なからず人生の方向性を誤ったという人もいると思います。

 

 人生いくらでも選択肢はあります。司法試験だけが全てなわけありませんし、他にいくらでも道はあります。司法試験やその他の国家資格試験を目指している方は、プライドが高い人が比較的多いため、 それ以外の進路を卑下する傾向にありますが、広く世の中を見渡してみてください。

 皆が皆、弁護士や裁判官ですか?官僚ですか?一流企業に勤めていますか?特に目立った学歴や資格もなく、それでも自分の進むべき道を見つけて、必死に生きて、幸せな生活を送っている人は沢山いるんじゃないでしょうか。

 「司法試験が全て」という妄想を捨ててください。何度でも言いますが、そんなわけねーから。 

 

資格は単なるツールに過ぎない。

 司法試験合格者の大半は、司法修習後、弁護士登録をすると思うのですが、そもそも何のために弁護士資格を取得しようとしていたのか、思い返してみてください。何か目的があったはずです。

 「弁護士になって困っている人の手助けをしたい」「◯◯という分野で第一人者になりたい」など、何かありましたよね。特に明確な理由もなく、「地位や名誉が欲しかったから」という目的の人も同じです。弁護士資格は、その目的を達成するための単なるツール・手段でしかなく、それ自体が目的ではありません。

 

 私は、職業柄、企業の法務部や知財部に務めている方(課長や部長級)とお話をする機会もあり、その中には、弁護士資格を有している方もいれば、弁護士資格がなく、他に目立った資格も持っていないという方もいます。その方たちは、皆揃って、「資格は単なるツールでしかない」という認識を持っていらっしゃいます。

 実際、内定を頂いたとある大企業の法務部の面接の際、「弁護士資格なんて仕事をするうえで何の役にも立たないし、持っていたからといって、何の特別扱いもしない」とはっきり言われたこともあります。「それより必要なのは確かな実力だよ」と。あくまでも一例ですが。

 

 日本人は特に肩書きが好きな人種です。先日、経歴を詐称していたショーン・Kさんの報道がありましたが、立派な肩書きが付いているだけで、特にその人の中身を見ずに、安易に高い評価を下す傾向にあります。ですが、大切なのは、有名な大学を出たことでも、凄い資格を持っていることでもなく、その人が「どのような実力を持っているか」「何を為したか」です。

 そして、世の中には、経歴や肩書きを度外視し、ちゃんとその部分を評価してくれる人がいるということを知ってください。資格なんてただのツールですよ。狭い世界で、ずっと特定の資格にこだわるのではなく、もっと広い世界を見た方が良いです。いや、というか見ましょう。

 

これまで培ってきた知識は必ず活かせる。

 最後に、司法試験に合格出来なければ、今まで培ってきた知識を仕事で活かすことは出来ないと考えていませんか?もしそうだとすれば大きな勘違いです。

 

 適当に勉強していた人ならともかく、ロースクールまで行って(あるいは予備試験を受けて)、司法試験合格に全身全霊を捧げ、血の滲むような努力を重ねてきた人であれば、必ずその努力を社会で活かせます。

 現に、僕は、企業法務パーソンとして、仕事をしていて、日々そう感じます。営業からバックオフィスに転身し、法務パーソンとして仕事をしている方や、中央省庁のお役人さんなど、これまで色々な方と関わる機会がありましたが、法律の知識や法的思考力で負けたと思ったことは一度もありません(勝ち負けの問題ではないですけど)。ロースクール時代に、教官や友人と徹底的に議論・ディスカッションを行い、論理的思考力を鍛えに鍛えたおかげだと思っています。

 そうやってこれまで真剣に法律を勉強してきたからこそ、今の自分があるんです。「無駄にしてたまるか」とさえ思います。これまで自分が歩んできた道、自分が培ってきた知識、自分が磨いてきたスキルに自信を持ってください。絶対に社会で通用するものですから。あなた自身が信じなくても、私は信じます。 

 

本日の結びに

 「司法試験に失敗した後のキャリア論」シリーズの第1弾記事は、ここで一旦終了します。今回は、精神論の話に終始しましたが、次回は、具体的な進路や、就職活動に関する議題を取り上げてみたいと思います。

 

司法試験に失敗した後のキャリア論(2)はこちら↓

 

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