とある法務部員の備忘録

IT企業で法務をやっている独身アラサー。法務系のネタ、英語、雑記、ブログ運営などについて自由気ままに書き綴っています。

<判例>弁護士費用の請求

スポンサーリンク

判例_弁護士費用

 この「判例シリーズ」では、毎回何かしらテーマを設定し、判例をベースとしながら、問題の分析・検討を行っていきたいと思います。第1回目のテーマは「弁護士費用の請求」についてです。

 

 契約法務に携わっていますと、損害賠償に関する記述として、「一切の損害(弁護士費用を含む。)」といった文言を見かけることがあります。要するに、当該契約に関連して何らかの紛争が生じた場合、その紛争を解決するために要した弁護士費用も損害とみなし、これを相手方に請求できるとする約定です。

 果たして、このような約定についてどのような問題が含まれているのでしょうか?このような文言が提示された場合、修正なしで応じてもいいのでしょうか?

 

 

弁護士費用について

 確かに、企業間の紛争となると、知財関連訴訟など、高度の専門的知識や経験が求められるケースも多く、企業からすれば、弁護士に訴訟や和解・調停を委任して紛争を解決するのが当たり前のようにも思えます。そのため、紛争の発生と弁護士費用をリンクさせても、違和感を感じない人もいるかもしれません。

 しかし、冷静に考えてみますと、紛争の解決にあたって、弁護士に委任するかどうかは、当事者の私的自治に委ねられており、強制ではありません。中には、弁護士に委任せずとも、社内のリソースだけで足りたというケースもあるはずです。また、事件の内容や性質と関わりなく、複数の弁護士に事件を委任したことによって膨大なコストが掛かり、その弁護士費用を請求できるとすれば、当事者間の公平性が害される結果にもなりかねません。

 そのため、弁護士費用を損害に含めるかどうかは、当事者の公平の観点から、慎重な判断を要する事項であるということが言えるかと思います。

 

前提知識

 まず、弁護士費用は「訴訟費用」には含まれないため(民事訴訟費用等に関する法律第2条)、仮に裁判に勝訴したとしても、弁護士費用を訴訟費用に含めて、これを敗訴当事者から回収することはできません。ということは、弁護士費用を回収したいのであれば、これを損害として裁判所に認めてもらう必要があるわけです。

 

 そして、損害賠償を請求できる場面としては、①不法行為責任を追及する場合と、②債務不履行責任を追及する場合の2種類があり、いずれにしても、損害として認められるのは、原因となった債務不履行又は不法行為と相当因果関係の範囲内にあるものに限られます(民416)。

※ 損害賠償の範囲について定めた民法第416条は、不法行為に基づく損害賠償にも類推適用されています(大連判大15年5月22日)。

 

 そのため、弁護士費用の請求の問題は、「弁護士費用は、債務不履行又は不法行為と相当因果関係の範囲内にある損害といえるか」と言い換えることができます。

 

判例

 上記のうち、不法行為事案における有名な判例として、最判昭和44年2月27日(以下「昭和44年判決」)があります。当該判例は、以下のように説示して、不法行為事案における弁護士費用を損害と認め、この判例以降、不法行為事案に限り、請求認容額の1割ほどを相当因果関係の範囲内にある損害として認めるようになりました。

 

 わが国の現行法は弁護士強制主義を採ることなく、訴訟追行を本人が行なうか、弁護士を選任して行なうかの選択の余地が当事者に残されているのみならず、弁護士費用は訴訟費用に含まれていないのであるが、現在の訴訟はますます専門化され技術化された訴訟追行を当事者に対して要求する以上、一般人が単独にて十分な訴訟活動を展開することはほとんど不可能に近いのである。

 従つて、相手方の故意又は過失によつて自己の権利を侵害された者が損害賠償義務者たる相手方から容易にその履行を受け得ないため、自己の権利擁護上、訴を提起することを余儀なくされた場合においては、一般人は弁護士に委任するにあらざれば、十分な訴訟活動をなし得ないのである。そして現在においては、このようなことが通常と認められるからには、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである

(※下線部は筆者によるもの)

 

 しかし、債務不履行に基づく損害賠償請求の場面では、何故か、弁護士費用は相当因果関係を有する損害とは認められず、これが長らく実務に根付いていました。

 債務不履行事案において、弁護士費用が損害と認められない理由は諸説あるものの、個人的に最もスッキリする(?)理由は「契約リスクの引受け論」です。すなわち、不法行為事案では、被害者は、自らの意思に関わりなく紛争に巻き込まれたという点において、何の落ち度もありませんが、債務不履行事案においては、契約を締結しないという選択もあり得たにもかかわらず、リスクを承知のうえで契約を締結したのだから、当該契約から生じた訴訟・紛争リスクについても引き受けるべきであり、これを相手方に転嫁させることは当事者の公平を害するというものです(但し、後述のとおり、債務不履行と不法行為は、互いを排斥するものではなく、無理やり不法行為に構成することも可能であるため、疑問のないわけではない)。

 

 このような考え方が実務を支配していた中、債務不履行事案においても、弁護士費用を損害と認めた画期的な判例として、最判平成24年2月24日(以下「平成24年判決」)があります。

 こちらの判例は、労働者が使用者に対し、安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求したという事案であり、以下のように説示して、弁護士費用を損害に含めないとした原審判決を破棄しました。

 

 労働者が、就労中の事故等につき、使用者に対し、その安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求する場合には、不法行為に基づく損害賠償を請求する場合と同様、その労働者において、具体的事案に応じ、損害の発生及びその額のみならず、使用者の安全配慮義務の内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張立証する責任を負うのであって(最高裁昭和54年(オ)第903号同56年2月16日第二小法廷判決・民集35巻1号56頁参照)、労働者が主張立証すべき事実は、不法行為に基づく損害賠償を請求する場合とほとんど変わるところがない。そうすると、使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権は、労働者がこれを訴訟上行使するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権であるということができる。
 したがって、労働者が、使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである

(※下線部は筆者によるもの)

 

 この判例の評価として、安全配慮義務違反は、債務不履行の特殊な類型であり、債務不履行事案一般において、弁護士費用が損害に含まれると認めたものではないとの見方もあります。

 実際、実務においては、当該判例が「使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には」という留保を付していることに着目し、債務不履行事案においては、原則として弁護士費用は損害には含まれず、例外的に、安全配慮義務違反を理由とする場合に限って認められると解釈されているようです。

 

私見

 個人的には、安全配慮義務違反以外の債務不履行事案においても、弁護士費用が相当因果関係を有する損害と言えるケースはあり得るだろうと考えています。

 詳言するに、昭和44年判決および平成24年判決を概観したとき、両者に共通するメルクマールは、①弁護士に委任しなければ、自己の権利を訴訟上行使できないといえるか否か、②かかる権利を擁護するために、訴訟を余儀なくされたか否か、という点かと思いますが、昭和44年判決が自認するとおり、「現在の訴訟はますます専門化され技術化された訴訟追行を当事者に対して要求する以上、一般人が単独にて十分な訴訟活動を展開することはほとんど不可能に近い」のであって、この理は、債務不履行事案一般にも当てはまるものと思われます(冒頭に述べたとおり、企業間の訴訟は、複雑且つ高度の専門性を要求されるケースも多く、詐害行為取消権のように、訴訟上行使しなければならない性質の権利も存在する)。

 また、詐害性のある契約違反のように、不法行為として構成することのできる債務不履行も観念できるため、不法行為事案であるか債務不履行事案であるかという議論にどれほどの実益があるのか甚だ疑問です。

 

 但し、顧問弁護士を抱える企業(又は弁護士資格を有するインハウスローヤーが常在している企業)のように、恒常的に弁護士から法的アドバイスを受け得る立場にあり、自社で契約リスクに対応できる環境にあったのであれば、敢えて弁護士に訴訟を委任したという点について、「難しい訴訟だから、弁護士に依頼しないと訴訟上解決できないよね」という言い分は通用しにくくなると思われます。

 

 なお、契約法務としての対応についてですが、現状、契約に起因する損害に弁護士費用を含めると規定したとしても、これが有効となるかどうかは不透明です。

 この点、マンション標準管理規約の中に弁護士費用の負担を滞納者の負担とするという規定があることを理由に、マンション管理組合による管理費等の滞納者に対する弁護士費用の請求を認容した判例もあり(東京高判平成26年4月26日)、今後の判例の動向も注目されますが、結局のところ、契約違反リスクの可能性の程度や、主張立証の難易、訴額の多寡など、諸般の事情に鑑み、弁護士費用を相手方に負担させたいのか、自らが負担したくないのかといった観点から、文言を微調整することになるかと思います(仮に、損害の中に弁護士費用を含めるという文言があった場合、規定しておいて損はないという感覚で記述していると思います)。

 

こちらも併せてどうぞ。