とある法務部員の備忘録

某IT企業に勤めるアラサー法務。法律、時事問題、英語、雑記、ブログ運営などについて自由気ままに書き綴っています。

Yahoo知恵袋における「上から目線」が異質なのは何故か?

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 Yahoo知恵袋を利用していたら、「それはあなたの甘えだ」「そんなことも知らないんですか?」…等々、やたらと上から目線で回答する方が結構な確率でいらっしゃる。調べても分からないから質問をしているのに、「自分で調べろ」と回答する方もいる。「まず自分の頭で考えなさい」と生徒の質問を突っぱねる塾講師かのようだ。

 「マウントを取りたいだけでしょ」と言ってしまえば簡単だけれども、Yahoo知恵袋におけるマウントは、なぜか異質に感じてしまう。それは何故なんだろう…という疑問を掘り下げていくエントリーです。

 

 

 

一方的なマウントに違和感を覚える時代

 平等社会が志向されると、スタンダードから少しでも外れる行動に人々は敏感になります。これを「違和感」と表現しても差し支えない社会、またそれを外部に対して意思表示できる社会は健全だと思いますが、私が気になるのは、その違和感の正体です。

 

 この点について、「「上から目線」の時代」の著者・冷泉彰彦氏は、次のように述べられています。

アメリカの場合はどうしても平等思想などの「タテマエ」が強いので「上から目線」だという不快感を感じても、ガマンしてしまうことが多いのです。その点で、日本の場合は言葉そのものに「上下関係の規定性」がありますから、上下の感覚として一方的な価値観が出てくると相手には顕著な違和感が出てくるし、結果的に「異議申立て」も多くなるわけです。

「上から目線」とは何なのか?」 NewsWeek 2012年1月18日記事

(下線は筆者によるもの)

 

 同氏の理屈をもう少し分かりやすく言えば、日本語という言語は、敬語や婉曲表現などを使用することによって、相手との適切な距離感を測りつつ、円滑なコミュニケーション関係を築こうとする非常にセンシティブな言語であり、この表現が少しでもスタンダードからズレれば、すかさず上下関係を規定することになってしまって、そういう一方的な物言いに対して、人々は「上から目線」だと感じてしまう…ということです。

 

 そして、この理は、おそらく事実上の上下関係の有無と関わりがありません。上司と部下のように、れっきとした社会的上下関係が存在する間柄であっても、度を超える表現については違和感を覚えますし、「上から目線」になってしまう危険性は、本当に上の立場に居る人にも潜んでいるのです。

 そう考えますと、アメリカ社会が「上から目線」に対して我慢する文化があるというのは、事実上の上下関係を言葉によって規定できないからのようにも思えます。

 

インターネットにおける上下関係の規定文化

 もっとも、リアルの世界における「上から目線」と、ネットにおける「上から目線」は、質の異なるもののように感じます。

 何故なら、リアルの世界では、まず事実上の上下関係が先行して、そこから言葉を選ぶのに対し、インターネットにおいては、先に言葉が来て、そこから上下関係を規定するという逆の文化が根付いており、おのずと「上から目線」の質は異なるからです。

 

 実名でのやり取りであればともかく、匿名でのやり取りであれば、年齢、性別、出身、職業等の相手の属性は分からず、相手の言葉遣いや知識、語彙力などから、相手の属性を推測し、上下関係を補完することになります。つまり、インターネット上の匿名でのコミュニケーションにおいては、言葉以外に、その背景にある上下関係を規定する術がないのです

 もちろん、全員に当てはまる話ではないですよ?ネット上では、上も下もないと考えている人にとって、上下関係なんてどうでもいいことです。そうではなく、どうしても上下関係をはっきりさせないと気が済まない一部の人たちが、懸命に言葉を駆使して上下関係を規定しているのです。

 そこでの「上から目線」というのは、上記冷泉氏が議論の対象としているような "言葉のあや" で思わず「上から目線」になってしまった、というものではないことは、すぐにお分かりいただけるかと思います。

 

Yahoo知恵袋での「上から目線」について考える。

 では、Yahoo知恵袋における「上から目線」はどうなのか。なぜ、Yahoo知恵袋は異質に感じてしまうのか、その本題に入っていきたいと思います。

 

 まず、Yahoo知恵袋のようなQ&Aサービスは、回答を請う側が「下」、回答を行う側が「上」という、無意識下での上下関係があります。弁護士のような専門家に相談に行く際に、お互いの関係は対等だと思える人はなかなか居ないでしょう。それと同じです。相手の属性を知るまでもなく、Yahoo知恵袋を利用するユーザー間で、自然と上下関係が構成されているという点に、私が異質と感じる原因のひとつがあります。

 

 そして、Yahoo知恵袋が異質だと感じるもうひとつの原因は、質問者自らが、進んで上下関係を規定しているという点です。例えば、質問者が「基本的なことも分かっておらず申し訳ありませんが」と下手に出たりしませんか?上から目線ならぬ、下から目線です。知らず知らずのうちに、「自分は下の立場です」と上下関係を規定しているのです(もちろん、教えを請う者の態度として普通のことです)。

 

 ネット上において、「自分は下の立場です」と上下関係を規定すること自体が、かなりのレアケースなんですが、ここからさらに考えられない対応が続くことになります。

 普通だったら、回答する側も恐縮して丁寧な対応になるところ、上下関係を規定しないと気が済まない人たちは、「私の立場は下です」と上下関係を規定する質問者に対し、「私の立場は上です」と上下関係を規定する言葉で応答(確認)しちゃうわけです。これは、リアルの世界および(通常の)ネットの世界のいずれでも起こることのない、かなり特殊な「上から目線」ではないかと。私が感じる異質さの一番の要因はここにあります。

 

むすびに

 冷泉氏の言う「上から目線」とは、どちらかと言えば、本人にその気がなかったのに、知らず知らずのうちに、強権発動型のコミュニケーションになってしまって、相手から「上から目線」と受け止められる危険性を秘めているという文脈の中で用いられています。

 これは要するに、言葉の機微によって相手との距離感を間違えてしまうかもしれない日本語が抱えるリスクとどのように向き合うかという議論であって、Yahoo知恵袋のように意図的に上下関係を規定しているケースでは、この議論は当てはまりませんし、本記事でも取り扱っていません。

 

 ただし、上下関係を規定するリスクと背中合わせにある息苦しい世の中と、はっきり上下関係を規定することを文化として持っているインターネット社会のどちらが健全と言えるだろうかといった議論に発展させていくことは可能だと思いますし、軽々と一線を越えて「上から目線」になってしまえる回答者たちの姿勢は、「上から目線」にならないように懸命にリスクヘッジを測る現代人の苦悩の先にある、先鋭的な図々しさのようにも映るのです。